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『公務員、中田忍の悪徳』立川浦々(著)感想

今回紹介する『公務員、中田忍の悪徳』は、第15回小学館ライトノベル大賞《優秀賞》受賞作品です。

作者は立川浦々たちかわうらうら先生。

イラストは楝蛙おうちかえる先生。

内容をざっくり説明すると、やべーやつがやべー思考回路でやべーことをするやべー本です。

突然、主人公の部屋に現れた異世界エルフと交流を深めていく物語――なんですが、とにかく主人公・中田忍の思考がエキセントリックすぎて、思いもよらない方向に話が進んでいくのがツボ。奇抜な設定がウリになるライトノベルの中でも、群を抜いて混沌としています。

尖りに尖りまくったオリジナリティを見せつけてくる、最高にはちゃめちゃで笑える一冊です。

なお、購入者特典として、下記のWEBサイト上で特別ショートストーリーが公開されています。パスワードは本文掲載内容。本編の裏側などをこっそりのぞき見れます。

『公務員、中田忍の悪徳』半公式Web出張所

 

自室に謎の生命体が現れた! というのは物語ではよく見かけるパターン。

ただ、普通は呆気なく意思疎通が取れてしまいます。あくまで未知との遭遇は、これから起きるさらなる事件の始まりにすぎないからです。

しかし、本書は違います。

最初のエルフ出現を除けば大きな事件も起こらず、場所は中田忍の部屋からほぼ動きません。大人たちがエルフの処遇をめぐり、ただひたすら膝を突き合わせて侃侃諤諤の議論を交わすのみ。

水は飲めるのか? 名前は? 食べ物はどんなものなら食べられる? 排泄はどうしている?

三人寄れば文殊の知恵が出てくるかはケースバイケースですが、大真面目にお馬鹿な仮説をぶち立てながら、ひとつずつしらみつぶしにエルフの生態を把握していこうとする様子がなんともシュールです。ここまでエルフとの関係構築にページを割いた物語はほかに読んだことがありません。

下手すると単調で面白みに欠ける物語になってしまいそうなのにそうならないのは、巧みな会話とぶっ飛んだ思考と強烈な印象を与えてくるキャラクターたちのおかげです。ページをめくるたびにツッコミを入れたり笑ったり、ほとんど退屈を感じる暇がありませんでした。

これはもう作者の才能がすごいとしか言いようがありませんね。まさに鬼才。

中田忍という男
本書を語る上で決して避けては通れないのが、中田忍という人物です。中田忍を描くためにこの本が存在していると言っても過言ではないでしょう。

区役所にて、理想に走る部下を嗜めるシーンがあります。この時点でもうすでに異質なキャラクター像が立ちまくっていますが、より決定的になるのは突如自室に現れたエルフの少女と邂逅した瞬間です。

異世界よりもたらされた新種の病原菌により人類が死滅する可能性へと思考をのばし、起こり得る最悪の悲劇を回避するため可及的速やかにエルフを葬り去ろうとする中田忍。

……え、本気で言ってる、この人?

恐ろしいことに、本人は至って真剣です。真剣に人類の未来を心配しています。

仲良くなろうとかいう甘い気持ちを一切排除し、人類存続のため冷徹に最善手を打とうとする忍の思考に驚きと慄きを隠せません。

いや、ほんとすげえ主人公が登場したな。

新種の病原菌の危険性は、言われてみれば確かにその通りです。

見た目がエルフの少女だろうと触手を生やした異形の怪物だろうと、解析されていない以上は、地球外生命体として人類に害を与える可能性があるという点ではどちらも同じ。そういった意味では、エルフの可憐な外見に惑わされず冷徹に対処しようとした忍の鋼の意思には賞賛を送るべきかもしれません。

中田忍は正しい。

正しすぎるからこそ、人の目には奇異に映ることも。

時折挿入される中田忍の断片的な過去の描写から、これまでその性格ゆえ苦労してきたことが垣間見えます。あるいは、いまの性格になる決定的な瞬間が過去にあったのかもしれません。

最後のシーン、忍がエルフに投げかけた言葉に痺れました。

最後に
とにかく設定が最高の一冊。怪作であり傑作です。

忍が随所で披露する雑学も興味深く読めました。

言葉も通じない、習慣も不明。一足飛びに解決方法が見つかるようなことはなく、手探りで進むエルフとのコミュニケーション。

“未知”を恐れながらも、理解のための一歩を踏み出す中田忍たちが愛おしい。

本書はエルフに焦点が当てられていますが、彼女が地球にやってきた原因も気になります。むしろそちらのほうが人類の脅威になるかも。

中田忍がこの先、どのようなことを考え、どのような行動をとるのか。次なる彼の物語を心待ちにしています。

公務員、中田忍の悪徳の先に、エルフの笑顔があると信じて。