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『ずうのめ人形』澤村伊智(著)感想

迫り来る呪いの人形
本書は、現実パートと、原稿の物語パートのふたつが交互に描かれていく形がとられています。

物語の発端は、ライターの湯水清志が自宅で不審死を遂げたことです。湯水の両目は抉り取られていました。

そして、湯浅の自宅からとある原稿を持ち帰り、読み通した岩田もまた、湯浅と同じように死亡してしまいます。岩田は死の直前、人形が自分に近づいてきていると話していました。湯浅もこの人形に殺されたのだと。

その岩田から原稿を言葉巧みに読まされた藤田の前にもまた、謎の人形が現れました。黒い振袖、おかっぱ頭、そして赤い糸で縛られた顔。

本作の呪いは、とある原稿を読むことで発動します。作中でも言及されていますが、呪いのビデオを見ると死ぬ『リング』と少し似ていますね。

時間を追うにつれ、少しずつ近づいてくる人形。人形との距離は、死が訪れるまでの期限とイコールです。逃げられない上、自分が死ぬまでの時間を強制的に理解させられる――。

じわじわと迫り来る死の恐怖が、もうとにかくひたすら怖い。夜道に人形が立っているところを想像しただけでぞっとしました。近づいて来ているとわかってるのに、どうにもならない絶望感が半端ない。

ホラー小説では、あっさり主要人物が死んでいくことが多々あります。そのため、呪われた藤間も野崎も、最後まで生きのびられるのかずっと気が気じゃありませんでした。小説によっては普通に語り手が呪い殺されて別の語り手にバトンタッチする、なんて物語もありますから、重要キャラクターだからといって油断はできません。

読み進めている間はひたすらどきどきしていました。

呪いは超常現象です。ゆえに、解決方法があるのかさえ定かではない。異能バトルのように問答無用に除霊する力があれば別ですが、なかったとしたら論理的に解決していかなければなりません。

呪いという実態を持たない相手に、いったいどう立ち向かっていくのか。

ホラー小説の最大の見せ場と言っても過言ではありません。本書では、散りばめられた伏線が見事にかちりとはまり、予想外の真実が明らかになります。

原稿に記された少女の記憶
原稿パートでは、来生里穂という少女が語り手となって物語が進みます。

オカルト好きの彼女ですが、当時上映されていた『リング』の影響から、学校のクラスメイトには貞子と呼ばれ、嫌がらせを受けています。

彼女は、母親と弟そして妹の四人暮らし。四人は父親のもとから逃げ出し、父親の影に怯えながら生活しています。

里穂の父親は、外では家族に逃げられた可哀想な夫を演じながら、その一方で里穂の学校に乗り込んできて連れ戻そうとします。

外面はいいものだから、里穂の周囲の人間も父親のほうが正しいのではないかと思うように。

もし二人の人間が正反対のことを言っていたら、そのときどちらを信じればいいのか。

父親の言を信じるだなんて大人たちはどうかしてる、と言い切れるのは、僕が読者で物語を外から俯瞰しているからでしょう。もし自分が物語の登場人物のひとりだったら、はたして父親の仮面を見抜くことができたのか、甚だ怪しいところであります。

自分たち子どもをまるでおもちゃのように扱う大人たち。理解されないオカルトという趣味。里穂は学校にも家庭にも居場所を見つけられません。

そんな里穂でしたが、図書館の交流ノートをきっかけに、とある少女と仲良くなります。その少女が、ゆかりちゃんです。

オカルト話で盛り上がる二人。やがて里穂はゆかりから、とある都市伝説の話を聞かされます。それこそが、ずうのめ人形の話でした――。

物語に張り巡らされた仕掛け
冒頭でも述べたように、本書にはいくつもの「騙し」の要素が散りばめられています。

ひとつの騙しを見抜いたと思ったら、続け様に別の事実が告げられる。どうして疑わなかったのか、としてやられた気分でした。見事に騙されましたね。

印象に残った文
呪いは人が作り出すの

『ずうのめ人形』 7頁
最後に
明るい昼間のうちに読んで正解でした。

夜に読んでいたら、たぶん部屋の暗がりに人形がいるんじゃないかとびくびくすることになっていたと思います。

呪いとは、基本的に生きた人間の歪んだ感情が引き金になっている場合が多い。本書でも、人間の持つ醜さ、恐ろしさが描かれていました。呪いも怖いが、人間も怖い。