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『ししりばの家』澤村伊智(著)感想

感想
砂の積もる家
本作の舞台となるのは、東京郊外のとある一軒家です。

本来、もっとも安心できる場所であるはずの家。その家が、怪異により異常空間と化してしまいます。

家の床一面に積もった砂。

しかもその家に住む平岩敏明は、砂の存在をまるで気にしません。

ゴミの溢れたゴミ屋敷などが存在するので、砂が積もっていても気にしない家族が絶対にいないとは言い切れませんが、傍から見れば異様で不気味です。

平岩敏明に招かれた笹倉果歩も、砂の積もる家、そしてその光景を意に介さないかつての同級生に恐ろしさをおぼえます。

そんな果歩ですが、敏明の妻・平岩梓から、玄関のほうから女の声が聞こえたり人影が窓から見えたりするといった相談を受けます。

のちにこの件はとある人物の呪いによるものだと判明し、一応の解決がなされますが、呪いの媒介に使われた道具を祓ったお坊さんが意味深な言葉を残します。

アンインストールという表現は不適当でした

(省略)

物理破損、と言った方が近いです

『ししりばの家』 65頁
呪いを上回る強力な“なにか”によって、呪いが破壊されたのです。

梓を脅かしていた呪いの正体が判明し、安堵したのも束の間、果歩は再び平岩邸の異常を目の当たりにします。

止まらない異常。

終わらない恐怖。

さああああああ

砂の流れる平岩邸。その中で追い詰められていく果歩。

そこまで家の中は広くないはずなのに、出口が果てしなく遠いように思えてしまう。

家という存在そのものが果歩を蝕んでいくような感じがして、とにかく怖い。

怪異の正体が判然としないのも恐怖を加速させます。

砂が積もっている。砂の流れる音がする。家に足を踏み入れた者は異常をきたす。

それなのに、怪異の姿も目的もわからない。幽霊が出てくるわけでも、呪いの人形が迫いかけてきたりするわけでもない。ただただ砂が積もり流れるだけ。

わからないからこそ、不安は際限なく膨らむ。

情報の小出しの仕方が秀逸で、的確に読者の恐怖をあおってきます。

果歩に迫る脅威が生々しく描かれており、まるで自分もその場にいるような薄ら寒さを味わうことができました。

幼き日の琴子
本書の注目すべきポイントは、なんといっても最強霊能者・比嘉琴子の誕生秘話が明かされることでしょう。

小学生のころの琴子は、顔を俯かせ、いつもおどおどした女の子でした。

『ぼぎわんが、来る』『などらきの首』で見た強者感たっぷりの彼女を知っていると、この落差にどうにも違和感が拭えません。

なぜ比嘉琴子は霊能者として覚醒したのか。

そのきっかけこそが、例の一軒家です。

平岩夫妻が越してくるだいぶ前、この家には橋口家が住んでいました。

橋口一家が夜逃げし空き家となっていたとき、当時小学生だった五十嵐哲也、吉永純、相馬功、そして琴子は肝試しに家を訪れます。

そこで彼らは怪異の影響を受け、純と功は廃人同然になり後に死亡、五十嵐は絶えず脳を砂に侵食されるようになり、琴子は以前とはまるで違う性格の持ち主へと変貌してしまいます。

成長した琴子は、数十年ぶりに五十嵐のもとを訪れ、やがてししりばと呼ばれる怪物の棲む平岩邸に足を踏み入れることになります。

クールで近寄り難く超人じみている、それが過去作を読んで比嘉琴子という人物に対して持った印象でした。

しかし、妹への思いや、自分の選んだ道が家族を引き裂いてしまったことへの後悔、そしてししりばに触れることを恐れるといった人間らしい一面を垣間見て、彼女も血の通った一人の人間なのだと再認識することができました。

最後に
砂に脳を侵食される、もうとにかくその様子をイメージしただけで気持ち悪さが込み上げてきました。

不満はありながらも平穏だった暮らしが、平岩邸を訪れるたびに少しずつ壊れていく。その変化が恐ろしかったです。

怪異との生死をかけたぎりぎりの戦いのシーンも必見です。

最後の最後まで一切気の抜けない、極上のホラー小説でした。

    
ししりばの家
澤村伊智 (著)
前作『などらきの首』の紹介はこちら。


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